こんにちは、佐伯です。

先日アジアのある都市へ
後輩と出張に行きました。
ここ数年、異常に出張が多いせいか
座席がアップグレードされています。

後輩:
「佐伯さん、ドンペリがあるじゃないですか!」
「ドンペリ、ドンペリ!」
「僕ドンペリなんて飲んだことないっすよ~」
「すみません、ドンペリ下さい!」

ゴキュゴキュ

「ぷは~、あ、すみません、お代わり!」

ゴキュゴキュ。

僕:
「どう、うまいの?」

後輩:
「まあ、うまいっすよ。」
「でも騒ぐことないんじゃないっすかね」
「これに何万円も自腹はないっすね」
「ぶっちゃけコンビニワインとあまり違わないすっね!今日はこの話から思ったことを綴ってみます。ワインは差別的だという話しを
前回の記事で書いてみました。
ヨーロッパでは良くclass(階級)
という単語を使います。
どういうことか?

二つの意味があるような気がしています。

人は経済力に応じたワインしか飲めない例えば、僕や後輩みたいな平均的な会社員は
数万円のワインを飲むことはありません。
飲み物1本ごときに数万円を使えないもんね!

では、高いワインを飲める経済力があれば、
高いclassと見做されるのか?

なんか違う気もしますね。

成金がキャバクラで
「この店で一番高いワインもってこい!」
「ガッハッハ!!」
とやって軽蔑されるのは何故でしょうか?

それは下記だと思っています。

ワインに関する言語化のルールを知っているか?例えば、濃い赤ワインが来たときに
ワインの知識がない人は「濃い」といいます。

ワインを勉強した人は例えば
「紫がかった濃いルビー」
などと表現します。

香りも「良い香りね」くらいですが、
その「良い」を
「黒胡椒っぽいね」
「あ、微妙に樽臭もあるね~」
などともっともらしく表現したりします。

ワインスクールではこんな会話を
大真面目にやるわけですね。
僕なんて胡椒って臭いあるの?
なんて最初は思っちゃいましたが、、。

つまり勉強が絶対に必要ということです。
気の遠くなるような勉強の積み重ね⇒
その世界共通の言語がわかる⇒
その世界共通の快楽がわかる⇒
教養が高い⇒
classが高いと
見做されるのだと思います。

茶道やクラシックもそうだと思いますが、
「型」や「言語化」がいかに重要かですね。

僕ももう40歳になったので、
真面目にclassを高める勉強をしますか!