舞台(演劇)の醍醐味は

「生」にあると思うんですよね。

 

すぐ目の前にはどこの誰だか知らない人達

(お客さん)が真剣に観てくれていて

その全てを見透かすような大量の視線が

一斉に自分の全身に集中している瞬間。

 

とっても怖い時もあるんだけど

麻薬みたいなもので

慣れてくるとたまらなく気持ちよくなる。

 

自分と向き合いぬく機会も

たくさん与えてくれるし

楽しいし快感だし

人に愛や勇気や元気や笑顔を

届けることもできる。

僕はみんなが舞台(演劇)を

やればいいのになと思うことさえある。

 

とても沢山のことを

舞台を通して感じて

学ぶことができるんだけど

 

今日はその一つをシェア。

 

 

「笑い」を取りにいけばいくほど「笑い」からは遠ざかってしまう

 

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舞台シーンで「笑い」が欲しい場面があって

そこで狙い通り笑いがとれれば

緊張と緩和をうまく利用して

次にくるシリアスなクライマックスを

より一層おもしろく魅力的にできる。

だから、ここでどうしても「笑い」がほしい。

 

自分がそのシーンの核になったとしたら

責任重大。

プレッシャーがのしかかる。

けれどそこで確実に「笑い」をとれたら

出番後の舞台裏では

声をころしつつ最大限のガッツポーズ。

その日の打ち上げは超楽しいわけです。

 

ただここでよくあるパターンが

次の日の同じシーンではダダスベリ。

「笑い」どころか空気ぶち壊しレベルの

大失態をしてしまうことが多い。

 

僕も経験済みだからわかるけど

その日の打ち上げは何も喉に通らなかった。

 

 

で、この原因は何か?というと

答は簡単で

「ウケを狙ったから」

もっと言うと

 

「一度ウケて気持ちよくなって、もっと笑いが欲しくなっちゃって調子にのった結果、芝居が嘘くさくてわざとらしくなって、お客さんが冷めちゃって空気ぶち壊し」

 

こんな感じ。

 

要するに

「笑い」を取りにいけばいくほど

「笑い」からは遠ざかってしまう

ということ。

 

こういうのって

色んな場面で登場します。

 

 

損をしたくないのなら「新鮮な損」をし続けていけばいいだけ

 

 

「笑い」がほしくて

ウケを狙えば狙うほど

肩に力が入って力みすぎて

芝居がわざとらしくなって

不自然なものになってしまって

「笑い」とは程遠い空気になてしまう。

 

 

「女にモテたくて」

そのままをさらけ出せばいいのに

無駄にカッコつけようとしちゃって

肩に無駄な力が入って

本来の魅力がどっかに飛んじゃって

ダサくて痛い男になってしまう。

 

 

もっと良い人生を歩みたくて

何か新しいことにチャレンジしたいけど

「損だけはしたくない」と考え

「損だけはしないように」と無駄に迷い悩み

いつまでも足を止め一歩を踏み出さず

昨日も今日も明日も明後日も1年後も

大量の機会損失を積みあげ続ける。

 

振り返ってみて頭に浮かぶのは

「1年間無駄にしたな」

「あの時一歩踏み出していれば」

結果的に大損をこいたことに気付かされる。

 

人間のやることにおいて

「損をしない」なんてことは

あり得ないというか無理なんだから

 

「とりあえずやってみる」を

自分の中から湧き上がってくる

わくわくにしたがって

とりあえずやってみればいいのに。

 

 

「新鮮な損」を経験し続けていけば

必ずうまく行く道が開けるから。

人間は誰もがその能力を持っているから。

 

 

ちなみに「新鮮な損」というのは

文字通りみずみずしくて潤いのある損。

新しいことにチャレンジして

それが思うようにうまく行かなかった時に

手に入れることができるもの。

 

逆に「新鮮じゃない損」は

乾ききっていて見てるだけで腹が立つ損。

チャレンジもせずウジウジ悩んで

一歩も踏み出さずに時間だけを浪費すると

生まれてくる不毛の塊。

 

 

僕ら人間は「損をしない」なんて

どうあがいたって無理なんだから

だったらドーンとかまえてさ

どんどん損をしていこう。

自分から損を獲りにいこう。

 

それが損をしない唯一の方法。

 

 

 

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