本当に大切なものは……目に見えないんだよ!!

『星の王子様』は、

アントワーヌ・ド・サン=ティグジュペリの傑作です。

その中で、

心で見なくちゃ、

ものごとはよく見えないってことさ。

かんじんなことは、

目に見えないんだよ

という一節は、

誰しも、1度は聞いたことがあるでしょう。

目に見えないものの価値……

これはなかなか計ることができませんよね。

なんせ、目に見えないので……

でも、確かに存在するのです。

たとえば……約束。

『走れメロス』は、

まさに、その目に見えない価値のために、

必死になって走りました。

私は、今宵、殺される。

殺されるために走るのだ。

身代りの友を救うために走るのだ。

親友との友情、約束、信頼……

どれもこれも、眼には見えないものばかりです。

走れメロス

それにしても、最近の文庫本の表紙は、イケメンマンガですね!

愛する心……受容
先日、野田長世(のだひさよ)さんと、

おしゃべりをしていました。

野田さんは、このLifeにも、

たくさんの記事を投稿しておられる、

有名な方です。

ご存じの方も

大勢いらっしゃるでしょう。

たまたま、私が寄稿したものに

関心を寄せてくださり、

おしゃべりしませんか?

とお声をかけてくださったのです。

ありがたいことだなと、お受けしました。

そして、互いのことを話す……

というよりも、

大半は……野田さんのお話を……

かたじけなく

拝聴することになったのですが……

それはさておき、です。

この話は途中で終わったのです。

理由はハッキリしていました。

この時に、野田さんは、

とても精神的にしんどい方を

ご自宅に預かっていらして、

この方が、夜、眠れない!!と

訴えてこられたからでした。

さあ、この時です。

野田さんと、この方のやりとりを、

電話越しに聞くことになりました。

「うん、うん、そうなの?!

へえー、こわい夢をみたのね……

うん、うん」

相手の方も何かをおっしゃっていますが、

あいにく、ろれつが回っていなかったので、

よく分かりませんでした。

「あのね……、○○で、××でね……そんで……」

でも、よく分かったことがありました。

「うん、うん、そうなの……ふーん。

そうだったの……」

と、野田さんは、相づちを打ちながら、

丁寧に、エコーしていらっしゃるのです。

エコーって、オウム返しに言うことです。

でも、わざわざそのまま言いかえずとも、

「うん、うん、そうなの……」

という言葉は、エコーそのものなのです!!

人は、愛されると、力を得ますね。

元気が出てくるのです。

具体的に、何をどうしたら、

愛することができるでしょうか?

そうです。相手の方を、

丸ごとれることです。

これを約(つづ)めて、

受容

と呼んでいます。

この具体的な方法が、

エコー

なのです。

理論は、誰しも理解できるでしょう。

でもね。

現実の中で、このエコーを丁寧におこなうのは、

相当の修練が求められるのですね。

しかも、です。

形だけのエコーなど、

心痛む人には、易々と見破られてしまいます。

人一倍敏感な、感受性を持っているからです。

心からのエコー以外に、人を満足させるものは

ありません!!

この方が、野田さんのエコーで、心が落ち着き、

穏やかな状態になったのは、

まさに、電話口に私がいることも忘れて、

目前にいらした、この方に、

全力で、愛を注ぎ込んでいらしたからに、

他なりません。

愛するということについて、

野田さんの記事をよく拝見するので、

読ませていただいておりました。

でも、今回は、たまたま!!のようですが、

Something Greatなお方のご配剤の中で、

愛するという目に見えない価値を、

目の当たりにさせていただいたのでした。

目に見えない価値は、時間が醸成する!!
星の王子様のなかで、キツネがこう語ります……

人間たちはもう時間がなくなりすぎて

ほんとうには、

なにも知ることができないでいる。

なにもかもできあがった品を、店で買う。

でも友だちを売ってる店なんてないから、

人間たちにはもう友だちがいない。

愛するという目に見えない価値は、何で計れるのか……

このことを、深く顧みる一コマとなりました。

野田さんとの会話は、ほどなく終了……

どうしても、この方と、一緒に休まないといけなかったからです。

愛するという価値も、

そして、キツネが語った友情という価値も、

目に見えない価値は、時間を費やすことで、生み出されます。

私も、1人の方と2泊3日にわたって向き合い、

一心不乱に、その方の人生の物語を拝聴し、

心の整理をつけていく……という、リトリートなるものを、

繰り返し行ってきました。

イメージとしますと、まるで、ジェットコースターに乗って、

上がったり、下がったりを繰り返す……

そんな時間ばかりでした。

ですから、お話しを聞いていて、まさに時間を忘れる……のです。

そして、私がおもむろに口を開くのは、

3日目の朝になってからです。

ですから、2泊3日なら、

最初の丸2日間は、ほとんどお話しを伺って終わりました。

もちろん、徐々に、私のスキルも向上していきました。

大体は、1泊2日で、済むようになっていきました。

それでも、丸2日は、費やします。

私が話し出すのは、決まって、2日目の午後でした。

それくらい丁寧に話を伺いますと……

実は、その方について、

この世界で最も詳しい人になってしまいます。

すると、理解というものが確立してきて、

その方が何をどう言おうと、行動しようと、

得心がいくようになるのです。

こういうことをしているのは、

まさに、あのような経過があったからだな、と。

私の義理の父は、すでに他界しています。

でも、この義理の父が亡くなる前に、

1泊2日で、ジックリと話を伺う機会を得ました。

すると、そこで語られたことは、眼から鱗のことばかり。

また、一緒に話を聞いていた家内にとっては、

「ああ、だから、あの計算用紙に使っていた紙が、

あんな大量に、家にあったのは、

このことのせいだったの!!」

と、驚きの声をあげるようなこともあったほどです。

一緒に暮らしていても、また、夫婦であっても、

丁寧に話を聞く、ということは、

そうそうないのだな、ということを、

しみじみと実感しました。

で、思うのです。

友情や愛というものは、目に見えない価値という。

でも、この価値を生み出すのは、

やはり、時間を投入することなのだな、と。

そんなことを、想い巡らすひと時でした。

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