高橋統仁です。

ここのところ、気になっている事がひとつ。

「なんだか、輸血するスパンが短くなった。」

あああんK細胞や採血で結構な量の血を持っていかれるけど、

なんだか毎月、輸血している。

輸血すれば貧血も止まるから、助かるけど

なにしろ印象が良くない。

”死”に向かって走っている感じが拭えない。

生きようと闘っている最中にクラクラ来て、

なんだか水を差された感じがする。

そんな事を考えていた矢先、また貧血になった。

今回はとKにひどい。血圧が下がり過ぎて、

”立てない”のだ。

立とうとすると、眩暈を起こし腰から崩れてしまう。

”こうやって皆、立てなくなっていくのだろうか?”

等の不安も過るが、考えていたも仕方がない。

血圧が上がる方法を模索して、試してみないと

何とも言えない。

生きる為に闘うと決めたからもは、

ポジティブに気持ちを持って行動するのが大切だ。

等と、偉そうに思っていた矢先、

”これはさすがに落ち込むよね・・・。”なんてことが起きた。

私は、ごんな状況になっても、

自分で出来るうちは自分でやる。と決めている。

甘えてしまうと、そこから何もしなくなりそうで怖いからだ。

なんpで、病院へも多少の貧血なら自分で行く。

「危ないから載せていくよ。」と、妻は言うが、

なるべく自分でやりたいのだ。

その日も自分で腎クリニックへ行ったのだが、

帰りの血圧が、かなり低く、自分で買えるのはドクターストップ

になってしまった。

仕方なしに妻に迎えに来てもらい帰宅したのだが、

家に着き、車を降りたとこで、ぇあたしの目の前は真っ暗になった。

時間にして一瞬だったと思う。次に私の目の前に映ったのは

アスファルトの壁・・・。

そして、割れた眼鏡だった。

病院で先生に何を言われても、体に異変が起きても

常にポジティブに考える自信はある。

それだけの覚悟はしたつもりだ。

しかし、実際に家族のいるところで、

このような事が起きると、

自分の想像していた以上にヘコんだ。

私がどんな状況でも、笑顔を絶やしたく無かった私。

それが目の前で崩れるように顔面から転んだのだ。

そして、低血圧の影響で、中々立てない私を見て

妻は、娘はどう感じたのだろう。

なんとか帰宅した私は、壊れた眼鏡を前に思う。

”たかが低血圧だと思っていたが、これは反省すべき点だ。”

”私は家族うを心配させないように病気と闘っていたが

家族は、私が思っている以上に心配しているはず。”

”今度は、家族と一緒死を見つめ、

一緒に闘うようにしなければいけない。”

1人でかかえこむのではまく、家族に甘えられるところは

甘えようと言う考えが出てきたのだ。

この事を妻に話すと、

「そうしてくれないと、私も何して良い可わからなかった。」

「あなたにとって私は

信用できない人なのかと思って悩んでいた。」

こんな事を言われ、

「病気が迷惑なんじゃない。

教えてくれないあなたが迷惑なんだ。」

そんな、温かくもあり、キツイ言葉をいただいた。

病気と闘うとき、私は情報と病院に頼った。

でも本当は違う。

頼るべきは”家族”だ。”加須気宇を守るのではなく

”家族と共に生活する”ためだ。

これを忘れては、闘う意味が消滅する。

真亀ひとつ無駄にしたが、大切な事を教えてもらった、