高橋統仁です。

余命宣告を受けて5日、

私は、ある大学病院に入院していました。

すい臓に出来た腫瘍が癌なのか?

これを検査するための入院です。

風雲急を告げるように周りが目まぐるしく変化して行き、

少し戸惑いながらも、

”癌かどうか白黒ハッキリさせとこか。”

なんて軽いノリで入院してみたものの、

毎日寝ているだけと言うのも芸が無い。

色々考えた末、思いついたのは、

”家族に手紙を書こう。”と言う事。

と言うわけで、

私が死んだ後に読んでもらう手紙をっ回始めた。

しかも、妻には結婚10年目と言う事もあり。

チュエン付きで、誕生石入りのリングに、

”私は、いつもあなたの心の中にいます。”

と言うメッセージまで入れてプレゼントまで奮発した。

娘達には、卒園式、小学校、中学校の卒業式、

成人式、結婚式に呼んでもらえるように

それぞれ手紙を書き、

成人式には、妻に送ったリングよ同じデザインで

それぞれの誕生石をあしらい、

”パパはあなたの笑顔が大好きです”

と、メッセージをほっいぇ貰った。

そして、子供たちが成人式を迎えた時に

つまに送る手紙にもリングを忍ばせ、

”今のままのあなたを愛しています。”

と掘られた、わつぃの誕生石の入ったリングを同封した。

まあ、これでお揃いのリングが4つになって

家族と言う意味も込めたのだが、

出来上がった手紙を見て、かなり恥ずかしい感じだ。

死と言うものに直面し、

家族に対しての思いが素直に出ている分、

かなり恥ずかしいないようになってしまった。

死んで家族に残すもののひとつとして、

かなり照れくさいものが出来上がってしまった。

”こんな内容、他人に見られたら生きていられないな。”

なんて思ったりもしてが、

この手紙が読まれている頃には

私は確実に死んでいる訳だから、

まあ、ヨシッとしよう。

その頃、家族は?

私がそんな事をしながら入院生活を送っていた頃、

家族はどうしていたのだろか?

私には気がかりな事がひとつだけあった。

それは、幼稚園が夏休みに入り、

娘たちに遊園地に連れていく約束をしていた事。

私が突然入院してしまったので、

約束を守れないのが心に引っかかっていたのだ。

引っかかっていたはずだった・・・。

そのはずだった。

なのに、お見舞いに来た娘達が

遊園地で遊んだことを楽しそうに私に反してくる。

よくよく聞くと。前日に妻と義母の4人で

遊園地を満喫してきたらしい・・・。

私になんの報告も無く行ってきた。

楽しそうに話す娘達を見て46歳にして、

軽い嫉妬を感じてしまった。

思い起こせば、”絶対権力者”である嫁が

こんなことするのはいつもの事で、

朝起きてリビングに行くと

「今日、千葉のパン屋さん行くから運転してね。」

などと、片道3時間かかるようなドライブを

当日に伝えるようなことは日樹茶飯事なので、

勝手に遊園地に行く等は十分にあり得た事だったのだ。

”パパがいなくても楽しかったよ。”

なんて遠回しに言われているようで寂しかった・・・。

そんな入院生活も検査が終わり、

退院がいつなのかを待つだけとなった。

つもりでいたのですが検査の結果、

腎不全、すい臓がんに続き、新たな事実が判明し、

1週間の入院予定が3週間入院スルハメになり、

”俺ってトコトンついてねえなぁ~”

なんて事態が訪れます。

私の身に何が起きたのか?

それはまた次回のお話!